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Column

身体性、新体制

身体性について書こうと思ってスペースを押したら 「新体制」になった。 でもそれもそうかもって思った。 昨日落合陽一さんの番組を観ていて、 いわゆるベンチャー感!みたいな人はあまり得意ではないけれど わたしは1つ年上の彼がけっこう好きで、 彼の言葉は自然と身構えずに、落ち込まずに聴ける。 わたしは最近1日に3回くらいは 狭い東京のひと部屋で大して上手くもない単純な英語で叫んでいて、 たぶんどこかおかしい。 そう。もうデジタルから脱したい。 そんなこと書きながらネットにこれを放っている時点で矛盾? 小学校からPCを使い始め、今じゃツールもそれなりに使えて、 ムダなシステムも会議もキライだけど、 でもデジタル派かと言われればそうじゃない、ことが最近わかった。 そもそもデジタル派なんて人、本当に存在しているんだろうか。 たいせつなもの、 光と振動と、体温。 それがあるときに、デジタルも好きになっていたんだ、多分。 ...
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the Star Festival

だれしも、自分が死んだらどうなるのかななんて考えたことは一度はあると思う。 それがエゴだとしても、やっぱりだれかが悲しんで泣いてくれたり、自分との記憶を思い起こして、大切に想ってくれたら、なんて考える。 『トリコロール白の愛』みたいに、「死んだ」って本気で嘘をついたら今どうなるんだろうな〜なんてものすごく真剣に考えたこともある。 さすがに行動にうつしてはいないけれど。(でもちょっとやってみたい気持ちはいまもちょっとあるかも) 今年、昔の知人が亡くなった。自殺だった。 久しぶりに会うひとたちと、隠しきれないやるせない気持ちをにじませながら他愛もない話をした。 葬儀が始まって、流れ始めた電子音楽と会場の空気のそぐわなさに不思議な感覚を抱いていたら、ご遺族の方からその人がつくった曲だという言葉があって、なんだか一瞬ほっとしてしまった。 ほっとしたという言葉は適切ではないのかな。 ただその人が生きていた時間が、そんな光景が、一瞬その場で浮かんで形作られて、そんな風だったか理解するほど近い関係ではないけれど、ああよかったなんて思えたのだ。 自分が死んだ後、特別だれかに悲しんでほしいとかもないし、すぐ忘れ去られても構わないと今は思ってるけれど(いざとなったら真逆のこと言いそうだけど...)、その人が生んだものが、その人がいない場所でもつなげてくれるっていいな。 カレンダーアプリから、七夕の祖父の誕生日の通知がきて、 生きてたら86歳か〜なんてちょっとセンチメンタルになったりして、書きました。 AIで死んだ人と話せるようになったらいいな。 七夕は星が見えたらいいな。七夕って英語で"the Star ...
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すすめる愛。

気になった本を買いたいという衝動は日々起きても全部購入していたら生活していけないので、もともと買おうと決めていたもの以外は図書館で探してみることが多い。 特に本屋で新作のコーナーを見ているとアドレナリンが出て大変なことになるし、人の評価や口コミに惑わされたくない、のっかりたくないという捻くれた性格なのもあり、とりあえず予約だけして大量の数の順番待ちをして忘れたころに読んだりすることが多いのだけど、それは「今この本を読め」というお告げっぽくてちょっと楽しかったりもする。 図書館から順番が来たというメールが入った。『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』だった。 『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』 すごかった。もっとふざけた本だと思ってたのに、超大作ノンフィクション!著者の花田菜々子さん自身の人生が蘇生していく過程に、その飾らない、柔らかくも強さのある文体にやられてしまった。 まだそこに載せられた本は読んでいないけれど、この本で人に本をすすめる過程を読んだだけで自分が悩んでることとか、いろんなことが解かれるような感覚があった。 そのひとつを挙げると、近年、生ぬるい世間話にうずうず(というかぞわぞわ?)することにそして周囲の人がそうならないことに気づく場面が多く、とはいえ面白いと思わないものを面白いと思うようになるのは難しくて、ある種の職業病ってことで諦めていたんだけど、 花田さんが苦手に思った人のエピソードや、人と話すことへの変化を読んで、こう思ってる人もやっぱりいて、それって悪くない、楽しいことなんだなと花田さんから見える世界を通じて勇気付けられた。これはほんの一部で、なにかに閉塞感を感じているひとはとにかく読んでみてほしい! 読み終わって、人になにかをすすめたり、すすめられたりする機会ってとても多いけどそれを届けたり受けとったりって実はすごく難しいということを改めて振り返った。 信頼してて、自分のことを理解してくれているからこそすすめてくれていることはわかっていても、そのときの自分や、自分とその相手の関係性で手がのびなかったり、余計なお世話みたいに思えて受け流したりすることもある。 逆に私がその人のことを想ってなにかをすすめて実際に読んだり観てくれたりしたらすごく嬉しいけど、そうしてくれないと勝手だけどちょっとムカついてしまったり。 でもあとから、その作品、いや、その作品を通じてその人自身に向き合うことができたときに、新たな発見があって、その人が自分のことをどう想っていてくれたかということ自体にも出会えたりする。 最後に花田さんが書いていたけれど、自分が撮ったもの、書いたもの、小さくても大きくても、それがそんな媒介する存在として生きていたらそれってすごいことだな。 Sufjan Stevensの"Carrie & ...
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救世主、佐藤優樹。

うわあああああ!!!我ながらどんだけ放置してたんだブログ。。。 あまりに書けないから途中から来てる人の数すらチェックしてなかった。。。 撮れないし、書けないし、なんかもうどうにもならん!っていう日々が続いていて文章やプロットはちょこまか書いてはいたんだけど、あまりにも鬱屈としすぎて世に発信する感じにはならなかった日々でした。 今考えてみたら軽い抑うつっぽかったのかもしれない。だいぶ前だけど映画観れない時期もあったりして、観れないことで余計に落ち込んだりも。 今が超元気!って感じになったから書き始めたわけでもないんだけど、書きたい欲求がなんとなーく出て来た。 それもこれも救世主、 佐藤優樹 a.k.a. まーちゃん のおかげなんです。本当に。 https://youtu.be/DGKGT91D9dI 知らない人に説明すると、佐藤優樹a.k.a.まーちゃんとはモーニング娘。19に在籍する現在19歳の北海道出身の女の子で、あの!明石家さんまや指原莉乃も「天才」と絶賛しているのですが、私も去年からどハマりしてしまい、疲れた時はまずYouTubeで「佐藤優樹」と検索するのが日課になるほど。 最初は顔も別にタイプじゃなかったから「なんでこの娘人気なんだ??」くらいに思っていたのが、MVや近年のライブ映像を観始め(第一段階)、ヤンタンゲスト回やDVD MAGAZINE等オフの映像に手を出し始め(第二段階)、気付いた時にはもうすっかり沼にどっっぷり浸かって抜け出せなくなっていた…!!! 溢れ出んばかりの色気に目が離せなくなるパフォーマンスと、オフの時のハチャメチャっぷりや破壊力ある笑い声のギャップ。 意味わかんないって思ってた柳原可奈子さんの「まーちゃんを産みたかった」という言葉の意味が今はよーーーーくわかる。私は自分のネコを昔からあまりに愛しすぎるが故に、「私が産みたかった」と本気でつらくなってたんだけど、まさにそんな感じ。 そういやちょっと前のバイリンガルニュースで「かわいすぎてつらい」ってトピックあったな。本当に可愛すぎてTSURAI!!!!!!!!! 根っからのハマり症、つまりはオタク気質なのでその後いろんな人のインタビューを追う過程で、TOWER RECORD社長嶺脇さんのインタビューから吉田豪さんにたどり着き、彼の「人は弱ってる時にアイドルにハマりやすい」って言葉にあ、そういうタイミングだったんだーーー!!って。(念のため、アイドルならだれでもよかったとは今でも思ってない)無意識の間に求めていて、出会って、いつの間にか救われていたんだな。 でも吉田豪さんのユースケ・サンタマリアさん(大好き!)へのインタビューで、 「調子良くないとなにかを好きになったりっていう余裕もなかった。なにかを好きになるエネルギーがある人はまだ鬱じゃないと思いますよ」 って言葉があって、完全に前言撤回だけど私はどっちかっていうとそっちだなと頷いてしまった。新しいものに覚醒するのって、自分の中で何かが変化し始めているサインなんだと思う。 ちょっと脱線しちゃったけど、そんな中でモーニング娘。と再び出会って、まーちゃんを知った。 身近な人に「天才コンプレックスなんじゃない?」って言われたことがある。 子どもの頃から完全に努力型と効率が良いだけで天才とは程遠く、どこにいてもなんとなく馴染めないのに他人の顔色が気になる自分にとてつもないコンプレックスがあって、空気を読まない、天才肌の人にものすごーーく憧れがあった。(今もある) いろんな人から天才!と評される自由で魅惑的なまーちゃんを見てると素直に尊敬してしまうし、「人の顔色気にして縮こまってるのバカみたいだな」「自分を出して、目立ってなんぼだな」と背中を押される。だけどその一方でいろいろ見ていくとまーちゃんは実はすごく空気も読んでて、歌もダンスも見た目や表情もすごく努力してきたいうのもわかるから(泣ける)、またそれにもすごく励まされる。 実際、私はまーちゃんや、卒業しちゃった飯窪春菜ちゃんの影響を受けて、年末あたりからずっと面倒くさがってた「髪を巻く」という行為を日課にし、さらにはしぶしぶ時々やってた歯間ブラシをほぼ毎日使うようになり、恥ずかしくてあんまりできなかった女の子っぽい仕草を時々出せるようになった。 ...
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英語の自分、日本語の自分

元セクシーチョコレートでタレントのREINAがゲスト回のバイリンガルニュースで、言語による人格の変化の話題が出ていた。 私にとってはすごくタイムリーな話題だった。   最近英語で話す機会がすごく増えた。   映画や海外ドラマ、そして最近どはまりしているバイリンガルニュースや、時々勉強しているForestやDuolingo等々、英語に触れている時間は比較的多いため英語のノリは掴んでいるからか「どこか留学でもしたの?」と聞かれるほどには話せるけど、ディープな会話になると単語が出てこなくてiphoneやGoogle、Weblioに助けてもらいつつ頑張って話している。   英語を話すのはとても楽しいし、もっとしゃべれるようになりたいと思っているからまったく苦ではないし、 これまで海外を旅したときにいろんな人に助けてもらったことがたくさんあったから、日本にわざわざ来てくれた人に一時的でも楽しい時間を過ごしてほしいなという思いもある。   「日本に来たら日本語で話す努力をしろ」とかいう人もいるけど、私はそんなことどうでもよくって、 むしろ英語でしゃべりかけられてるのに日本語で返す人の多さに、3年後のオリンピック大丈夫?って思っている。 切符が買えない外国人に対して、駅員が表情を変えず日本語で返している光景を見たときにはさすがにひいた。   英語で話せば、普段出せないくらい明るくわいわいできたり、ちょっと洒落っ気出せたり、気軽にジョークを言えたりするのに、日本語に戻った途端なに話せばいいかわからなくなったりするときがある。 不思議。   英語で話すときはとにかく話すことに夢中で脳みそ使いまくってるからなのか。 それとも日本語は敬語とか、ニュアンスに気を遣っているからなのか。   最近は英語での人格の自分のほうが好きだなと思っていて、だったら日本後ver.の自分も英語版にアップデートさせればいいんじゃないかと思って少しずつ試してみているんだけど、どうもうまくいかない。   頑張らなくてもしゃべれるくらいの英語力を身につけたら、どんな人格になるんだろう。   CIA、FBIに内定、ハーバード大学院卒、クリントン事務所でインターン、ロイター通信で勤務等々、同い年でものすごい経歴を持ったREINAを、存在は知りつつも漫才もトークもほとんど見たことがなかったんだけど、バイリンガルニュースで一気に好きになった! 声が色気があって癒されたし、すごくはっきり自分の考え方を持っていて、でもそれを押し付けている感じも全然なくて。 ブログが日本語、英語で書かれていて勉強になるので興味ある方はぜひ〜 REINA Official Blog by ...
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